【縄文遺跡群だけじゃない!!ぜひ知っておきたい青森県の魅力!!】青森県平川市猿賀神社の歴史 - 大学生の下剋上勉強法

【縄文遺跡群だけじゃない!!ぜひ知っておきたい青森県の魅力!!】青森県平川市猿賀神社の歴史

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(※この記事でわかること)
この記事では、青森県平川市猿賀神社の歴史について紹介していきます。

はじめに

みなさんこんにちは、たいやきです。

みなさんは、青森県平川市の猿賀神社って聞いたことありますか?

猿賀神社本殿

奥州津軽の霊地として知られていますが、何といっても、池に咲く蓮の花が大変有名です。

初夏には一面にきれいな蓮の花が咲き、たくさんの観光客がおとずれます。

しかしこの猿賀神社、実は蓮の花以外にも魅力があるんです!

それは、その歴史です。

猿賀神社は大変古くからある神社で、歴史上重要な神社だったりします。

そこで今回は、その歴史について、ご紹介していきたいと思います。

猿賀神社って?

まずは、猿賀神社の概要についてまとめていきます。

・所在:青森県平川市

・祭神:上毛(かみつけ)(ぬの)君田(きみた)(みちの)(みこと)(国土開発・農業・漁業・諸産業、交通他の守護神)

・相殿神:保食(うけもちの)(かみ)(五穀豊穣の主宰神)

・建築:三間社流造・白木造で、江戸後期の神社本殿建築の遺構として貴重。

・社内の池:約15000坪の広大な境内で、鏡ヶ池と見晴ヶ池という2つの池があり、鏡ヶ池には美しい蓮の花が、見晴ヶ池にはたくさんの鯉が見られ、餌を与えたり、ボートに乗ることもできる。

・境内社:境内社には、主に4つある。

胸肩神社(弁天宮)・・・鏡ヶ池内の中島に鎮座している。(いち)杵島(きしま)(ひめ)(のみこと)を祀る。

胸肩神社

あかい堂・・・鏡ヶ池湖畔に鎮座している。水天宮・水波能売(みづはのめの)(かみ)を祀る。

あかい堂

池上神社(薬師様)・・・拝殿東側に鎮座している。少彦(すくびこ)名神(なのかみ)を祀る。

池上神社

日吉神社・・・胸肩神社のそばに鎮座している。事代(ことしろの)(ぬしの)(かみ)を祀る。

日吉神社

猿賀神社の歴史

では、猿賀神社の歴史について、みていきます。

大蛇の伝説

実は、猿賀神社は大蛇の伝説がとっても有名なんです。

猿賀神社の創建は、なんと仁徳天皇55年(367)といわれています。

かつて、上毛野君田道命が東夷東征の際、伊寺(いしの)水門(みと)(岩手県石巻市)で敗北し、戦死しました。

その際、家臣が田道命を埋葬しました。

しかし、数年後いたずらな賊が墓を暴くことがあったそうです。

すると、たちまち大蛇が現れ、賊を一蹴したといわれています。

その後、住民が田道命の祟りを恐れ近隣の産土(うぶすな)(がみ)として祀りました。

古代

延暦12年(793)、坂上田村麻呂が蝦夷征伐の戦勝祈願をしたところ見事念願成就しました。

田村麻呂は感謝の意を込め、猿賀野に仮遷宮し、大同2年(807)には勅命で現在地に遷宮し、社殿を造営しました。

後に神仏習合の時代に入り、仏教の守護神(しん)(じゃ)大王と習合し、深砂大権現(神蛇宮)として津軽領主に崇敬庇護され、国家守護の祈願寺、天台宗教の拠点として栄えた、とされています。

後に、

治承2年(1178) 藤原秀衡

建武2年(1335) 北畠顕家(あきいえ)

延文2年(1357) 安部(もろ)(すえ)

応永18年(1411) 安部(のり)(すえ) によって社殿の修復が行われています。

中世

その後、神宮寺が別当寺院として祭祀を祀ってきたが戦国時代になると乳井玄蕃(げんば)が別当になることによって戦乱に巻き込まれてしまいます。

そして、後の津軽藩領主となる大浦為信が天台寺の神宮寺を排斥し、曹洞宗の最勝院が別当になりました。

2代領主津軽信枚(のぶひら)は徳川に接近し、天海大僧正に師事し、天台宗に改宗しました。

その際、天台宗の神宮寺を復帰させ、津軽天台四山(報恩寺・薬王院・神宮()(たい)宮寺(ぐうじ))の一つとして庇護されました。

猿賀は弘前城の東方にあたり、四神相応の青龍に位置していたことから、祈願所となりました。

明治時代初頭に神仏分離令が発令され仏式が廃止、明治4年(1871)に猿賀神社と社号を改称しました。

現在の建物は文政9年(1826)に建てられたものです。

猿賀神社の代表的なお祭り

このような歴史を持つ猿賀神社ですが、その祭礼についてもみていきましょう。

・例祭

旧暦の八月十五日(秋下旬)に行われます。

津軽最大の祭礼と言われ、三日間にわたって行われます。

県無形民俗文化財の津軽神楽や登山囃子が奉納され、県下獅子踊り大会や民謡新人大会などが行われます。

明治31年(1956)に県指定無形民俗文化財に指定。

明治51年(1976)に国の選択無形民俗文化財に指定された。

十五夜大祭

・七日堂大祭

旧暦の一月七日(二月下旬)に行われ、長さ四メートルの柳の大枝を盤面に打ちつけ、枝のこぼれ具合によってその年の豊凶を占います。

柳からみ神事といわれ、ごまの撒き神事とともに行われます。

ちなみに、柳の枝、ごまの餅は五穀豊穣・無病息災のお守りとされています。

岩木山神社・鬼神社とともに津軽の七日堂大祭とされています。

平成21年(2009)に津軽の七日堂祭りとして国の選択無形民俗文化財に指定。

七日堂大祭

・北限に観る蓮の花まつり

猿賀神社の鏡ヶ池は日本に自生する和蓮の北限の群生地として有名で、七月上旬から八月下旬が見頃です。

まつりは七月下旬から八月上旬にかけて行われます。

おわりに

みなさん、いかがでしたか?

このように、猿賀神社には、とっても魅力的な歴史や祭礼があります。

桜の花や蓮の花などもとってもキレイですので、ぜひ実際に訪れてみてください。

参考文献

『神宮寺(猿賀神社別当)―青森県:歴史:観光:名所』http://www.aotabi.com/ao/hirakawa/sato2.html

『猿賀神社公式ホームページ』http://saruka.webcrow.jp/

『猿賀神社(平川市)-青森県:歴史:観光:名所』http://www.aotabi.com/ao/hirakawa/enga.html

『猿賀神社十五夜大祭―平川市観光協会』https://www.hirakawa-kankou.com/event/sep/141-2011-03-15-00-24-52.html

『北限に観る 蓮の花まつり』)http://sarukasou.jp/informations.php?id=179

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