【元考古学専門修士卒が教える】日本における考古学のはじまり - 大学生の下剋上勉強法

【元考古学専門修士卒が教える】日本における考古学のはじまり

大学生の勉強

(※この記事でわかること)
この記事では、日本における考古学のはじまりについて、わかりやすくまとめてあります。

はじめに

みなさんこんにちは、たいやきです。

みなさんは、考古学という学問を知っていますか?

考古学は、主に、地中の文化財(埋蔵文化財といいます)を、発掘調査によって得て、その後の分析を通して過去の年代や社会、環境について考察する学問です。

最近では、「北海道・北東北の縄文遺跡群」や「百舌鳥・古市古墳群」などが世界文化遺産に登録されましたが、これらは主に考古学的研究成果によるものです。

そんなわけで、世間では考古学に対する興味・関心が高まってきているといっていいですが、みなさんは、この考古学が日本でどのようにはじまったかご存じでしょうか?

今回は、日本における考古学のはじまりについて、紹介していきたいと思います。

考古学徒はもちろん、一般的な教養としても知っておいて損はないと思います。

モースによる大森貝塚の発見

日本近代考古学の学問としての始まりは1877年(明治10年)にエドワード・モースが大森貝塚を発見したことに起因します。

この調査の成果については、岩波文庫の「大森貝塚」で読むことができます。

モースは、日本で初めて学術的発掘調査を始めた人物といえますが、彼はアメリカの生物学者でした。特に貝類の専門家です。

なんと、日本で考古学をはじめた人はアメリカ人! しかも考古学者じゃなかったんですね…

実は、アメリカにも貝塚が存在し、既に存在は知られていました。

そのため、貝塚に触れた経験があった彼は、日本では誰も気づかなかったような大森貝塚の存在も見抜いたのです。

なお、その後彼は日本で東京帝国大学の教授も行い、アメリカ流の人類学を日本に導入する、という活躍もしました。

日本考古学の父・濱田耕作

このようなモースの活躍後、1916年(大正5年)当時京都帝国大学の教授をしていた濱田耕作が、アメリカ流考古学を導入し、日本考古学の基礎を築きました。

濱田耕作は日本考古学の父ともいわれていますね。

彼は、「考古学入門」や「通論考古学」など、考古学の入門書を多数著しておりますが、そんな彼は考古学について、「考古学は過去人類の物質遺物により「人類」を研究すること」と定義しています。

これらも、文庫で読むことができるため、ぜひ読んでみてください。

おわりに

みなさん、いかがでしたか?

このように、日本における考古学は、モースと浜田耕作という2人によってはじまったといっても良いでしょう。

この2人によって基礎が築かれた後、日本では縄文を中心に考古学が発展していくのです。

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