【元考古学専門修士卒が教える】「北海道・北東北の縄文遺跡群」を深く知るポイント~円筒土器文化編~ - 大学生の下剋上勉強法

【元考古学専門修士卒が教える】「北海道・北東北の縄文遺跡群」を深く知るポイント~円筒土器文化編~

北海道・北東北の縄文遺跡群

(この記事でわかること)
この記事では、「北海道・北東北の縄文遺跡群」を楽しむポイントとして、円筒土器文化について紹介していきます。

はじめに

みなさんこんにちは、たいやきです。

突然ですが、今日は、円筒土器文化について紹介していこうと思います。

円筒土器文化とは、縄文文化に含まれる地域的文化圏の一つ。

北海道南部から北東北にかけて、みられた文化です。

「北海道・北東北の縄文遺跡群」では、かなり重要なキーワードとなっております。

円筒土器文化とは何か

円筒土器文化とは、ずばり、みなさんもご存じ、教科書で見たであろう青森県の三内丸山遺跡が属していた文化です。

その名前のとおり、円筒(細長いバケツ)形をした土器が作られていた文化です。

とってもユニークな文化ですよね。

北海道の南西部から北東北にかけて、縄文前期(約7000~5500年前)、中期(約5500~4500年前)に展開されていました。

構成資産では、

北海道では函館市大船遺跡、洞爺湖町入江貝塚、伊達市北黄金貝塚

青森県ではつがる市田小屋野貝塚、青森市三内丸山遺跡、七戸町二ッ森貝塚などがこれにあたります。

これらの点から、「北海道・北東北の縄文遺跡群」を代表する文化といえます。

円筒土器って?

専門的な話をすると、この円筒土器文化、前期には円筒下層式、中期には円筒上層式土器が作られていました。

下層、上層というのは地層の話です。

考古学では、発掘調査を実施します。

この発掘調査をしていくと、地面の上から掘っていくのですが、次第に下の層にいくにつれて、古くなっていくのです。

地層累重の法則といって、地層は古いものが下層になります。

古新聞を新しい順番に積み重ねていくというふうに考えると、理解しやすいですね。

そんなわけで、下層式から上層式へという変化がみられるわけです。

また、前者の特徴としては土器の器体に多様な縄文(縄目文様)を施します

円筒下層式土器(つがる市縄文住居展示資料館カルコ)

これに対し、後者の特徴としては、土器の器体に粘土の紐を貼り付けるようになり、口縁部(土器の口の縁)には粘土で装飾を施すなど、土器の文様の隆起が目立つようになるんですね。

円筒上層式土器(つがる市縄文住居展示資料館カルコ)

円筒土器文化と一口にいっても、その土器の様相は若干変化しています。

円筒土器文化の社会とは?

また、この文化の社会面について目を向けると、大集落を営むようになったという点も特徴です。

特に、三内丸山遺跡が有名ですね。

なぜ、このような大集落が出現するのか?

そこには、当時の環境面が影響しています。

当時は縄文海進といって、少しずつ温暖化が進んで海水面が上昇し、気温が温かくなっていた時代です。

(※縄文海進については、こちらの記事をどうぞ)

そのような環境のもと、円筒土器文化では豊富な動植物を獲得・利用し、社会を発展させていきました。

特に、三内丸山遺跡ではクリの花粉が検出されていて、クリ栽培などもおこなっていたようです

こうした堅果類の利用などが、その社会発展の背景にあったといえるでしょう。

おわりに

みなさん、いかがでしたか?

ぜひ、「北海道・北東北の縄文遺跡群」を訪れて、

とても魅力的な円筒土器文化に触れてみませんか?

なお、別の記事では、「北海道・北東北の縄文遺跡群」を代表するもう1つのキーワードである「亀ヶ岡文化」についても書いているので、ぜひご覧ください。

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