【元考古学専門修士卒が教える】「北海道・北東北の縄文遺跡群」を深く知るポイント~縄文海進編~ - 大学生の下剋上勉強法

【元考古学専門修士卒が教える】「北海道・北東北の縄文遺跡群」を深く知るポイント~縄文海進編~

北海道・北東北の縄文遺跡群

(※この記事でわかること)
この記事では、「北海道・北東北の縄文遺跡群」を深く知るためのポイントとして、縄文海進について紹介していきます。

はじめに

みなさんこんにちは、たいやきです。

突然ですが、みなさんは、縄文海進ってご存じですか?

実は、この縄文海進というキーワードを知っておけば、縄文遺跡群をより楽しめること間違いなしなので、ぜひご覧ください。

縄文海進とは?

縄文時代とは、今から約16000~2300年前の時代。

その前は、石を打ち割って作った石器を使いながら遊動生活を営んでいた旧石器時代。

その後は、稲作をおこなうようになった弥生時代。

この2つの時代の間の時代なんですね。

縄文海進とは、そのなかでも、特に縄文早期(約11500~7000年前)、前期(約7000~5500年前)のお話。

当時は、気温が今より高く、極部の氷が溶けて、今より海水準が高かったといわれています。

海水準が高くなるとどうなるか。

今よりも、もっと内陸部に海が入ってきていたんですね。

今、海岸部にある家は、かつては海の中だったでしょう。

そんなわけで、気温の温暖化による海水準の上昇、内陸部への海岸線侵入、これが縄文海進といえます。

縄文海進と貝塚

上記で説明した、縄文海進。

この現象を顕著に示しているのが、貝塚です。

現在の地形では、やや内陸部でも貝塚がみられますが、これは、その位置まで海岸線が来ていたという証拠

また、縄文時代の遺跡は高台や標高が比較的高いところに立地していたりします。

これも、海がすぐそこまで来ていたということですね。

遺跡を実際に訪れて、その立地を確かめてみると、その様子を確認することができます。

海進と海退

この縄文海進ですが、逆に海退もあります。

早期から前期にかけて縄文海進が起きたあと、一般的にはその後、中期(今から約5500~4500年前)において寒冷化が生じ、海岸線が退いていきました

そして、次第に現在の私達が知っている地形になっていくんですね。

この海退からうかがわれれる寒冷化ですが、その影響は結構大きかったようです。

アイキャッチ画像で示した六本柱で有名な大集落・三内丸山遺跡は中期で終焉を迎えますし、中期と、それに続く後期(約4500~3000年前)では、かなり文化の様相が異なります。

後期以降、呪術的な、精神的な世界がみられるようになっていくのです。

この点については、また今度ということで。

今日はここまでっ。

おわりに

みなさん、いかがでしたか?

現在とはやや異なった縄文時代の環境。

遺跡を実際に訪れて、それを感じてみてはいかがでしょう?

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