【主席文系大学院生が本気で考える】人はなぜ生きるのか? - 大学生の下剋上勉強法

【主席文系大学院生が本気で考える】人はなぜ生きるのか?

哲学

(※この記事でわかること)
この記事では、かつて主席で大学院を卒業した筆者が、人はなぜ生きるのか、ということについて本気で考え、現時点で出した自分なりの結論を書いています。

はじめに

みなさんこんにちは、たいやきです。

みなさんは、人生の意味について考えたこと、ありますか?

人って、なぜ生きているんだろう。

苦しいとき、挫折したとき、もうダメだ、と思った時。

そんな疑問が浮かびませんか?

別に病んでいる、というわけではありません。

ただ、誰もが一度は、そう一度は、ふと考えたことがあるのではないのか、と思ったのです。

生きる意味とは?

働く意味とは?

学ぶ意味とは?

少し、疲れたとき、全てが無意味なんじゃないか、と思ってしまうときがあります。

私も、少しそのような経験をしたことがあります。

大学生のときです。

そこで、私は思いました。

先人たちは、人生の意味について、どのように考えたのか?

と。

世界の頭の良い人達は、どのような結論を出したのか?

そのように考えました。

そして私は一時期、

人間はなぜ生きるのか?

人間はなぜ学ぶのか?

人間はなぜ働くのか?

そんな問いを持って書物を読みあさりました。

結論から述べると、ストレートに、この問いに答えてくれた、または自分で納得できる答えにはたどり着けませんでした。

ですが、参考になった部分も確かにありました。

今回は、そのリサーチの結果と、筆者なりの考えを含めて、現時点での人間が生きる意味を考えてみたい、と思います。

よく、哲学などは逆説的な結論になったりします。

最も未知なもの、それは自分である。

みたいな。

今回の記事も、そんな感じになってしまっているかもしれませんが、読んでいただけたら嬉しいです。

主席大学院生が考える「人生の意味とは?」

1、意味を考える時点で人生に意味はある、という捉え方。

人間は、考えることができます。

しかし、この考える、という能力はあなどってはいけません。

実は、考える力、思考力は、人間にしかないものなんですね。

その思考という行為の一環として、人間は、意味の有無を考えます。

だから人生の意味を問うことになります。

意味を問う、考える能力は、人間にしかありません。

したがって、人生の意味とは何か?を問う行為は、人間のみがなしうることだといえます。

このような、人間にしかできない行為をしている時点で、あなたはあなたにしかできないことをしているのです。

少し、うれしくなりませんか?

思考という能力のオマケとして、意味を考えることになる。

それがつながって、ゆくゆくは人生の意味を問うことになる。

重要なのは、思考するという能力が人間にしかないものだから、これを大切に使おう、ということ。

誰もが等しく人生に意味があるかどうかはわからない。

しかし、その意味を問う、思考する、という行為は人間にしかできないものだし、いつ、どのように考えるのか、は人それぞれ違う(基本的にあなたの価値観や経験が影響するから、あなたと同一の思索がなされることは絶対にありえない)。

したがって、このような行為(おおまかには思考するということ)をしている時点で、あなたの人生には意味があったということになります。

つまり、あなたなりに考えることはあなたにしかできないし、その行為をしている時点であなたの人生には意味があったことになる。

だから、人生の意味についてあなたなりに問い続けてみては?ということ。

人生に意味が存在しつづけることに変りはないが、そのときそのとき考えることで、その量や形が少しずつ変化するので、それを楽しみましょう、というような考え方、といえるでしょうか。

意味はある。

しかし、そのときそのときで内容は変わる。

人生もまた然り。

だから、考え続けましょう。

意味を有し続けるために。

2、社会へ貢献する、という捉え方。

ただ、上記の考え方は、あくまで個人の中で納得できる場合ですね。

ちょっと、納得できない、という方も、もちろんいるでしょう。

そんなときは、行動による社会との関わりがあります。

上記のように、自分で考えるだけでは、ちょっと、意味を実感できない。

そんなときは、社会と関わりを持つことです。

しかし、難しく考える必要はありません。

バタフライ・エフェクトという言葉があります。

蝶のはばたきが、めぐりめぐって大災害につながる、というものです。

あなたは、生きているだけで、社会に何らかの影響を及ぼしています。

これは、本当です。

どういうことか?

例えば、あなたが一人暮らしで家に引きこもっているとします。

すると、あなたが家に引きこもることで、家の電気や水は消費されます。

その消費形態(いつ、スイッチをON/OEEにしたか)は、その地域一体の電力や水道の供給に影響を与えているのです。)

使わない、ということは、まずあり得ませんよね。

食料も同じこと。

生きている限り、何かを食べる必要があります(まぁ、水だけでも生きてはいけますが、その場合は前述のように水の消費形態が社会に何らかの形で作用します)。

すると、その食品の消費、またはそもそもそれを入手する過程で他者と関わった場合、何らかの影響を与えている訳ですね。

したがって、あなたは生きている、生活しているだけで、社会に影響を与えています。

社会に何らかの影響を与えた、という点から、あなたの人生には何らかの意味があったと考えることはできます。

ただ、重要なのは、社会との関わり方。

人を殺してしまうのは、良くないです。

他者に、取り返しの付かない迷惑をかけるのは、絶対に許されません。

老衰死は別ですが、死は、人生の意味を無くすことになります。

断(た)ってしまうのです。

あらゆる意味を、可能性を。

当たり前ではありません。

これは、自殺も同じです。

自分はもちろん他者の、あらゆる意味を、またはその可能性を無くしてしまうことになります。

繰り返しますが、意味は確実に存在します。

人間が考える限り。

なので、それを自分から無くしてしまうのはもったいないですね。

では、社会と関わるってどういうことか?

何も難しく考える必要はないです。

たとえ、暗い気持ちであったとしても、歩いているだけ、買い物しているだけ、それだけでも、何らかの影響を社会に及ぼしているんですよ。

歩いているだけのあなたを車でみかけた人が、あなたに似ている人を思い出して連絡し、そこから交際に発展し、その夫婦が世界を動かすことになるかもしれません。

または、あなたが買い物をして支払ったお金が巡り巡ってある方の手に渡り、あるときふとみたら連番になっていてTwitterであげたらバズってトレンド入りして一躍有名人になり、大きな活躍をすることにだってなり得ます。

と、この例はあくまで他者ですが、何らかの影響を与えているのは事実で、そこにあなたの人生の意味を認めることはできます。

上記でも述べましたが、重要なのは、そもそも意味はあるけれど、あなたがそれに納得していない場合です。

そういうときは、あなたなりに社会に貢献する行為をしなければいけません。

大きいものなら、何か名前を残す(発表など)とか、小さいことならゴミ拾いのボランティアだって良いのではないでしょうか?

繰り返しますが、あなたの人生に意味はあります。

ただ、納得していない場合が多いのです。

だから、自分なりに納得できるにはどうしたらいいのか、を考えるべきなんです。

小さいことでも。

ツイートする、でも、ブログを書く、でも。

考えるという行為をしているだけでも、ほら、あなたが生きている意味になり得ます。

勇気を出して、少し社会と関わる意識を持ってみるのも良いかもしれませんね。

関わり方には、様々な形があったりします。

3、そもそも夢中になるものを見つけて、人生の意味なんて考えない。

これができたら苦労はしない、という方もいるかもしれませんね。

そもそも夢中になるものがあったら、人生の意味とか、死にたいとか考えないはず。

だから、自分なりに夢中になれるものを探す努力も、してみたらいいかもしれません。

これからの不安なんて考えないし、その夢中になれるものの欲求を満たすために勉強したり、働いたり、頑張ることができますよね。

かつて、男はつらいよ、で寅さんが、人が生きる意味は、

あぁ、こういう幸せな気持ちになれてよかったなぁ

ということを経験するためにある、といっていました。

なにか夢中になれるものがあれな、幸せ気持ちが、達成感が、満足感が、充実感が、わきあがる、そんなモノに出会えるといいですね。

出会うためには、行動あるのみ、です。

時間がたったら変わったっていいんです。

それだけでも、何らかの形で社会と関わっているわけですから。

意味はあるのです。

おわりに

みなさん、いかがでしたか?

やっぱり、ストレートに納得できないかなと思います。

あくまで私個人の考えなので、あしからず。

しかし、ここで、もう一度まとめておくと、

人生の意味はある。

それは、考える、という行為をしている場合において。

自分なりに人生の意味について考えて続けている、その時点で、あなたの人生に意味はある。

できれば、その思考を、何らかの形を通して行動で表現し、社会と関わること。

別に大きなことではなく、ある思考を持って買い物をする、散歩する、挨拶する、それだけでも良い。

または、夢中になるものを探すこと。

100万年後、わたしも、あなたも、存在しない。

地球の、宇宙の歴史に比べたら、ちっぽけに思ってしまうこともある。

しかし、あなたは確実に存在し、社会と関わって、現在において意味を有し続けている。

未来は確実に存在するが、その形態は未確定。

未来の形態をすこしずつ、すこしずつ確定させていく、その過程において、あなたの人生には、確実に意味が存在します。

これで、どうでしょうか?

長くなりましたが、読んでいただき、ありがとうございました。

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